【古代女性の呼称】
女士
『詩経』「厘爾女士」に由来し、孔穎達の注釈によれば「女士とは、女子でありながら士のような行いを持つ者を指す」とあり、女性が男性のような行いと才能を持つことを比喩して、知識や教養のある女性に対する尊称である。
女流
『儒林外史』第41回の記録:「彼女は女流のようだが、むしろ多くの豪傑の面影を持っている。」これは昔の女性に対する一般的な呼称である。
女郎
古代の楽府『木蘭辞』に「同行十二年,不知木蘭是女郎」という句がある。「女中の郎」という壮志の意味を含み、若い女性の代称でもある。
巾幗
『晋書』に由来し、古代女性の頭飾りから女性を象徴する呼称となった。当時、諸葛亮が魏を伐した際に、何度も司馬懿に挑戦したが相手が応戦せず、諸葛亮は女性の頭飾りを残して、彼が女性にも及ばないことを笑いものにした。後に、女性の英雄豪傑を「巾幗英雄」と称するようになった。
女史
古代に学問があり、宮廷で王后の礼儀や典籍・文書の管理を行った女性官吏を指す。
裙衩
古代の女性の衣服装飾で、女性を総称する。小説や戯曲で多く見られる。《紅楼夢》第1回:「我堂堂須眉,誠不如彼裙衩。」
淑女
穏やかで善良な美しい女性を指し、文学作品でよく見られる呼称。《詩経・周南・関雎》:「関関雎鳩,在河之州。窈窕淑女,君子好逑。」
妙齢少女
青春の盛りの女性を指す。
絶代佳人
当世に並ぶ者のない美人を指す。
燕趙は優美な女性が多く、美麗は顔が玉のようであるため、若く美しい女性には常に「玉人」「璧人」「佼人」「麗人」「玉女」「嬌娃」「西施」「尤物」「青娥」などの称号が冠される。
掃眉才女
文才のある女性を指す。
不栉進士
才華に溢れた女性を指す。
冶葉倡条
軽薄で美しい女性を指す。
軟玉温香
柔らかく若い女性を指す。
道旁苦李
捨てられた女性を指す。
小家碧玉
小さな家の美しい女性を指す。古代楽府『碧玉歌』には「碧玉小家女,不敢攀貴徳」という句がある。
羅敷
美しくかつ貞節な女性。
無塩
貌は醜いが徳行のある女性。千金、令嬢、女公子 他人の娘を敬って呼ぶ。
碧玉:「碧玉小家の娘、貴徳に頼ることを恐れます。」(古楽府『碧玉歌』) 「西施は春の布を洗うと言うばかり、碧玉は今日、美しい華と争う。」(万楚『王曰観*』) 「碧玉」はもともと女子の容貌を形容し、後に小家の女性で美しい者を称するようになった。
婵娟:「妆楼が水のほとりに建ち、家々の影が婵娟に映る。」(孔尚任『桃花扇』) 「婵娟」は美しい女性を指す。
紅粉:「冀馬燕犀が地を揺るがすように来る、自ら紅粉を埋め白くなる。」(李商隠『馬嵬』) 「突如の狂言で座を驚かす、紅粉の一列が一時まばらになる。」(杜牧『兵部尚書席上作』) 「紅粉」はもとは婦女が化粧に使用する紅と白粉を指し、後に女性の化粧品で美女を代称する。
紅袖:「今夜は先に酔うべき、紅袖の助けを煩わせるであろう。」(白居易『対酒吟』)「紅袖が門を抱え燭を持ち、今夜の宴を助ける。」(韓偓『辺上看猎贈元戎』)「紅袖」はもとは女性の赤い袖を指し、後に女性の華やかな衣装で美女を代称する。
紅裙:「長安の富裕な子ら、盤膳や羅膻の肉を用意する;文字がわからず飲むこともできず、ただ紅裙で酔うことができる。」(韓愈『醉贈張秘書』)「紅裙」はもともと女性が着るスカートを指し、女性そのものも指す。
紅顔:「六軍が皆喪服で泣き、冠を衝き一怒するのも紅顔のため。」(清・呉偉業『円円曲』)「紅顔」はもともと女性の美しい顔を指し、後に美女を代称する。
紅楼:「長安の春の色はもともと主人なく、古来すべて紅楼の女性に属する。」(李白『侍従義春苑奉詔賦』) 「紅楼」はもともと古代の歌女の邸宅を指し、後に女性を代称する。
紅妝:「夜が深くなり花が眠るのを恐れ、高い燭を灯して紅妝を照らす。」(蘇軾『海棠』) 「紅妝」はもともと古代女性の化粧や装飾を指し、後に美女を意味する。
【古代男女の年齢別呼称知識紹介】
古来より、我が国では乳児、幼児、少年、青年、壮年、中年、老年の各年齢に対する呼称は、実に多様で雅趣があると言える。未満1歳——おくるみ 2~3歳——幼児 女児7歳——髫年 男児8歳——龆年 幼年一般称——総角 10歳以下——黄口 13~15歳——舞杓の年 15~20歳——舞象の年 12歳(女)——金簪の年 20歳(男)——弱冠 13歳(女)——豆蔻齢華 15歳(女)——及笄の年 16歳(女)——破瓜齢華、碧玉齢華 20歳(女)——桃李齢華 24歳(女)——花信齢華 嫁ぐまで——梅の年 ~30歳(女)——半老徐娘 30歳(男)——而立の年 40歳(男)——不惑の年、強壮の年 50歳——半百を越す、非を知る年、命を知る年、艾服の年、大衍の年 60歳——花甲、平頭甲子、耳順の年、杖郷の年 70歳——古稀、杖国の年、致事の年、致政の年 80歳——杖朝の年 80~90歳——耄耋の年 90歳——鮐背の年 100歳——期頤 【古代の年齢の別称】 総角:子供時代を指す。 語源は『詩経』、例えば『詩/衛風/民』「総角の宴」、また『斉風/甫田』「総角兮」。その後、子供時代を「総角」と称するようになった。陶渊明『栄木』序詩:「総角に道を聞くも、白髪にして成らず。」 垂髫:子供時代を指す。 古代、童子はまだ冠をつけず、髪が垂れていたことから「垂髫」をもって子供時代を意味した。潘岳『藉田賦』:「褐を被り裾を振り、垂髫総髪。」 束髪:青年期を指す。 一般に15歳前後を指す。この時期にさまざまな技芸を学ぶべきとされる。『大戴礼記/保傅』:「束髪して大学に就き、大艺を学び、大節に履む。」 及笄:女子15歳を指す。 語源は『礼記/内則』「女子……十有五年にして笄」。 "笄"は結髪して笄で通すことを意味し、嫁ぐ年齢に達したことを示す。 待年:女子が成年に達し、嫁ぐのを待つことを指す。別名「待字」。 語出『後漢書/曹皇后記』「小者待年於國」。以後、女子の結婚適齢期の年齢を「待年」と称する。『文選/宋文皇帝元皇后哀策文』:「爰自待年,金声夙振。」
弱冠:男子の20歳を指す。
語出『礼記/曲礼上』「二十曰弱,冠」。古代の男子は20歳で冠礼を行い、成人を示した。左思『咏史』詩の一つ:「弱冠弄柔翰,卓荦観群書。」
而立:30歳を指す。
語出『論語/為政』「三十而立」。以後、30歳を「而立」の年と称した。『聊斎志異/長清僧』:「友人或至其郷,敬造之,見其人黙然誠篤,年僅而立。」
不惑:40歳を指す。
語出『論語/為政』「四十而不惑」。以後、「不惑」を40歳の代称として用いる。應璩『答韓文憲書』:「足下之年,甫在不惑。」
艾:50歳を指す。
語出『礼記/曲礼上』「五十曰艾」。老年の髪は艾のように白い。『民国通俗演義』第37回:「……我の年は既に艾に及び、まだ何を不満に思うことがあるか?」
花甲:60歳を指す。
天干地支の名号が錯綜して互いに参照されてこの名が得られた。